【ボブ・サップ医療を語る】
ワシントン大学で薬学を学ぶサップ流・健康管理とはボブ・サップ医療を語る日本の医療従事者へメッセージ
K−1や総合格闘技など、主に格闘家として有名なボブ・サップ選手。
一方で大学時代には薬学を学びスポーツを通じての医療・健康管理にも精通しています。
そこで今回、日本全国の医療従事者の方々へ向けて、
“ボブ・サップ”の知られざる一面についてお話いただきました。
【ワシントン大学で薬学を学ぶ】
MC:大学はワシントン大学に行かれたそうですね。

サップ:ええ、ワシントン州シアトルにあるワシントン大学です。ハスキーがマスコットで知られています。

MC:大学では何を専攻していたのでしょうか?

サップ:第一専攻は社会学、そして第二専攻が薬学のダブルメジャーでした。この薬学というのは後の薬学専門課程に進むための準備的なコースでした。 なぜワシントン大学を選んだかというと、私は最初医師になりたかったのですが、そこの医療教育プログラムが非常に優秀なものだったからです。

MC:ワシントン大学といえば医学系が有名でノーベル賞受賞者も多数出ていますね。

サップ:はい、質・規模ともに巨大な大学です。とても刺激的な日々でした。勉強は確かに難しかったのですが、私の場合はアメリカンフットボールの奨学生として大学に入ることができたので、教育費もほとんど掛かりませんでした。
学生時代は本当に一年中大学の授業に出ていました。周りが夏休みや冬休みなど長期休暇をとっていた間も、自分は授業に出て、受けていた科目を一気に全部終わらせました。それで早めに卒業することができました。

MC:社会学と薬学を学ぼうとしたきっかけは何だったのでしょうか?

サップ:医師をやりながら、同時にプロフットボール選手もやるのは、あまり現実的なことではありませんでした。そこで第二希望として、社会学すなわち人間社会の勉強をして、人間関係をちゃんと理解できるようになって、そして薬学を勉強しておけば、この二つで何とか医療業界の中で働いていけるのではないかと考えたのです。

ペタス:アメリカンフットボール選手をやるというのは、やはり相当な時間が取られてしまいます。大学とはいえ、ほとんどプロ同然ですから、練習時間がすごく長いわけです。 

MC:アメリカンフットボールには一日どれぐらい時間を当てていたのでしょうか?

サップ:毎日、一日あたり6〜8時間はフットボールに時間を取られていました。だから、大学生は普通、最初の1年か2年くらいは寮に入って後はたいてい寮から出るものなのですが、自分の場合は4年間ずっとそこにおりました。実際そうでもしないと一日が回りませんでした。フットボールもやって授業にも出て、かなり忙しい日々でした。

MC:同僚や仲間も皆同じような生活を送っていたのでしょうか?

サップ:同じような奨学生として入学した仲間・選手たちは最初24人おりましたが、その4年後には結局4人しか残りませんでした。結果的には、勉強しなかった人たちがついていけずに、どんどん落ちていったということになります。幸運にもフットボールチームではキャプテンのポジションが4人分しかなかったので、残った私達4人は自動的にキャプテンになることができました(笑)。

MC:薬学の方はどうでしたか?


サップ:薬学専門課程に進むためにこれだけは勉強しなければならない、という単位は全部取ったのですが、ちょうどNFLからドラフトされてしまったので、そのまま一度大学を出ざるを得ませんでした。そのときはシカゴ・ベアーズに全米69位としてドラフトされました。当時21歳にして年間何百万ドル契約ですから、悪い話ではありませんでした。


MC:その後はNFLへ舞台を移されるのですね。

サップ:ミネソタ・バイキングスの時代には、あと1勝でスーパーボウルまでいったこともありました。また当時は大変な収入があったので、それを専門に管理していた人もおりました。
ただ23歳のときにアキレス腱を負傷してしまい、それで引退することになったのですが、そうしたら何とそのお金を管理していた人がお金ごと逃げてしまったのです!だからこの2年間というのは、最高のピークまで行って、一瞬で全てが失われた、そのような時期でした。

ペタス:彼にとっては大変辛い時期だったと思います。FBI に頼んで犯人を捕まえても、結局お金は戻ってこなかったそうです。

サップ:今では人生のコースを変えて、何の問題もなく好きなことができるまでに戻りましたが、当時は本当にローラーコースターみたいな人生でした。


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